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福岡高等裁判所 昭和37年(ネ)465号 判決 1963年1月11日

控訴人 三星商事株式会社

右代表者代表取締役 星野高広

右訴訟代理人弁護士 杉村逸楼

被控訴人 日動火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 梅谷勝

右訴訟代理人弁護士 森静雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金一五〇〇、〇〇〇円及び之に対する昭和三五年八月一三日以降右完済迄年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「主文同旨」の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において、被控訴人の社員でその代理人たる訴外井上敬次郎は、控訴人と被控訴人との本件保険契約当時、被控訴人の営業政策上の理由により従来の例にならい、控訴人及び被控訴人双方に秘し、保険料を自己において立替払をなし、控訴人に対しては同訴外人の申出により保険料の支払方法につき特別の契約をした。即ち保険料の現実支払は控訴人の都合により何時にてもよい、若し火災により保険の目的物件が焼失した場合には保険金は必ず支払う旨の同訴外人よりの申入れを控訴人において承諾し、他方、被控訴人に対しては右訴外人の立替払の事実を秘し、恰も保険契約者たる控訴人が支払つたが如く装うこととして保険契約を締結したのである。ところが同訴外人は当時立替金の持合せがなかつたため、他より金一〇〇、〇〇〇円を借受け、本件保険料及び他の保険契約の保険料の立替金に充つべく本件保険契約締約直後、その郷里に帰り、金策を図つたがその目的を果さず、金策は出来なかつた。従つて、本件保険料の立替払も不可能となつたのである。然るに、控訴人は之より先、その代表取締役星野高広がその所有に係る福岡市上新川端町所在の居宅兼店舗等を目的物件として被控訴人の代理人たる前記訴外井上敬次郎を通し被控訴人と保険契約を締結し、約十年前より今日に至る迄の間一年毎の契約で引続き契約を継続しているが、右保険契約による保険料の支払方法は本件保険契約の保険料の支払方法と同一である。仮令、本件保険契約において、普通保険約款第二条及び控訴人よりの本件保険申込書に被控訴人主張のような条項記載があつたとしても、右は例文にすぎず、控訴人はかかる約款の存在を知らず之に同意を与えたことなく、却つてかかる約款の適用を排除して保険料支払前に生じた事故についても、損害を填補する旨の別個特別の契約を、前記訴外人を通し、被控訴人と締結しているのである。従つて、控訴人は保険の目的物件が罹災した場合、控訴人において保険料金を現実に支払はなくとも保険契約の存する以上、被控訴人より保険金の支払を受けうるものと確信して疑はなかつたものであり、又、右訴外人にあつても、控訴人より保険料の現実の支払はなくとも罹災の場合は当然保険金の支払をなす旨言明して確約したものである。かりに、右訴外井上敬次郎が被控訴人の代理人として前記約款とは別個の右特約をなす権限を有しなかつたとしても控訴人は右井上が被控訴人を代理して右特約を締結する権限ありと信ずべき正当の事由があるから、右特約は有効で、被控訴人は本件保険金の支払義務あるものである。と述べ、被控訴代理人において、右特約の成立及び訴外井上敬次郎が被控訴人を代理して右特約を締結する権限を有せしこと、並に、控訴人において右訴外人が特約締結の権限を有すると信ずべき正当の事由のあることは、いずれも否認し、立証として≪省略≫

理由

控訴人と火災保険業者である被控訴人との間に、昭和三五年六月一八日控訴人主張の各物件を目的とし保険期間を同日より昭和三六年六月一八日迄、保険金額合計一五〇〇、〇〇〇円とする火災保険契約が締結せられたこと、右保険の各目的物件は、昭和三五年七月一三日全焼し、控訴人は同日、右各物件の焼失後、被控訴人の代理人井上敬次郎に対し、右保険契約による保険料金一一、二五〇円を支払つたこと、及び右火災保険契約の普通保険約款第二条には被控訴人は保険期間中でも保険料領収前に生じた損害を填補しない旨の条項が存することは当事者間に争がない。被控訴人は前記普通保険約款第二条により保険料領収前の前記目的物件の焼失については控訴人に対し損害填補の義務はないと主張し、控訴人はかかる約款は例文で控訴人を拘束する効力はなく、亦かかる約款の存在を知らず本件保険契約を締結したものであるから、右約款に拘束される理由はないと主張するので先ずこの点について検討するに、普通保険約款は保険契約の定型的内容を表示するものであり、保険業者が保険業法の規定に従い営業免許の条件としてその届出を必要とし、之が変更についても主務大臣の認可を要するものである。従つて、かような国家の監督的作用により右約款はその合理性を保証せられることとなり、合理的な保険契約の内容として、保険関係者を規律する法規的性格を有するに至るもので、保険契約者において特に約款の個々的内容を意欲することを俟たずして保険契約者は保険契約の締結と同時に之に拘束せられるものと解すべきである。それ故に、保険契約締結の際に約款の全部又は一部を知らなかつたことを以て右約款の拘束より免れることはできないものと言わねばならない。しかのみならず、≪証拠省略≫控訴人代表者星野高広は被控訴人の外務社員で契約係の訴外井上敬次郎に対し昭和三五年六月一八日口頭で本件保険契約の申込をなしその承諾を得たが控訴人より保険料の支払がない侭保険証券は控訴人に未交付の侭となつていたところ、同年七月一三日午前九時三〇分頃前記保険の目的物件が全焼するや、同日午後七時頃久留米市内の料亭六三亭に開催中の労働組合の会合に出席中の右井上敬次郎を尋ね訪れて、同所に於て同人に対し右の罹災の事実を秘して本件保険契約の保険料金一一、二五〇円金額を一時に支払うと共に、保険金が支払われるや否につき念をおした上同訴外人に懇請して同人より領収日附を昭和三五年六月一八日と遡らした領収書(甲第一号証)及び同年七月一六日作成日附の火災保険証券(乙第三号証)をその頃受領したが、右火災保険証券の作成日附はその後何人かにより昭和三五年六月一八日と変造せられた事実、控訴人が本件保険契約のため作成して被控訴人に提出した火災保険申込書には「貴会社火災保険普通保険約款および特約条項を承認し下記の通り火災保険契約を申込みます」と記載されている事実、本件保険契約を締結した控訴人の代表者星野高広は、同人個人所有の福岡市上新川端町所在の不動産等を目的物件として昭和二九年以来昭和三六年迄被控訴人との間に前記井上敬次郎を通して火災保険契約を締結し、右保険契約の申込書及保険証券にはいずれも本件保険契約のそれ(乙第一号証、乙第三号証の各前記記載)と同一内容の記載が存する事実がそれぞれ認められる。右認定に反する原審並びに当審における控訴人代表者本人尋問の各結果は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。而して、以上の事実に徴すると、控訴人代表者星野高広は、本件保険契約を締結するに当つては被控訴人主張の前記普通保険約款第二条の特約条項を十分承知の上で、保険契約の申込をなしたものと認めるのが相当である。されば、この点に関する控訴人の主張は採用することができない。

次に、控訴人は前記井上との間に本件保険契約にあつては、保険料領収前といえども、保険事故の発生による損害を控訴人において填補し保険金を支払う旨確約した旨主張するけれども、≪証拠省略≫に徴し措信し難く他に右事実を認めしめる証拠はない。

≪証拠省略≫控訴人代表者星野高広は訴外井上敬次郎を通し、被控訴人との間に数年来火災保険契約を継続し来つたことは前認定のとおりであり、かかる関係から訴外井上としては、星野高広は得意先の関係にあること等から同人に対しては従来保険料の支払につき便宜の方法を認め、訴外井上において右星野のため保険料を立替支払い、然る後、星野において右立替金を分割払により弁済する等の方法によつていたが、かかる便宜の取扱は、昭和三二年頃以後は、監督官庁たる大蔵省より、保険営業者に対し、業務規制の通牒が発せられ、之に基き、被控訴人においても、其の後は保険契約締結の業務にたずさわる契約取扱者に対し、保険料の支払につき右の如き便宜的取扱を禁止し、保険契約の成立と同時に保険料の一時支払方を保険契約者に要求し、保険契約の取扱者の保険料の立替等を堅く禁ずるに至つた。ところが、本件保険契約については、訴外井上敬次郎の取扱により控訴人代表者星野高広との間に締結されたものであり、右井上と星野との間には従来よりの取引の関係もあつて、右井上は本件保険契約の保険料の支払についても、被控訴人に秘して便宜の取扱を認めて保険契約後の分割払を認容し、右保険料を自己に於て一時控訴人のため被控訴人に立替払をなす心算で金策を図つたけれども、目的を果さず、右立替払も不能となり、控訴人よりの保険料の支払のなされざる以前に、本件保険物件が罹災するに至つた事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。右認定の事実によれば、被控訴人の代理人たる訴外井上敬次郎の本件保険料の支払に関する控訴人主張のような便宜の支払方法の認容を以て、前記普通保険約款第二条の適用を排除し、保険料領収前の事故についても、被控訴人に於て損害填補の義務あるものと解するとしても、訴外井上が控訴人と右のような契約を締結する権限のないことは叙上認定により明らかであるから、右井上のなした右契約は代理権限を踰越した行為であり無効のものといわねばならない。この点につき、控訴人は更に、仮りに右井上の行為が権限踰越のものとしても、控訴人において、右井上に右行為をなす権限ありと信ずべき正当の事由があるから、右行為は有効である、と主張する。しかし乍ら曩に認定したように、控訴人代表者星野高広は本件保険物件の罹災するや、同日急遽訴外井上の所在を尋ねて同人を出先の久留米市に訪れた上、同人に対し、罹災の事実を秘し、本件保険料金全額を一時に支払い保険金の支払はるるや否に付念を押した事実よりすれば、保険料の支払なくば保険金の支払を求め得ざること換言すれば、訴外井上の承認した保険料支払に関する便宜的取扱によつては、保険金を受領することのできないことを知るか、少くとも、之に疑念を抱いていた事実を窺うに十分であり、従つて、控訴人代表者星野高広が訴外井上敬次郎において、前記約款第二条の特約の効力を排除するが如き契約を締結する権限を有したものと信じたとは到底認め難く、仮りに、之を信じていたとしても、右星野において本件保険契約の締結に当り、本件火災保険申込書の記載を検討して、前記井上訴外人に右権限の有無の事実を糺すという通常人の払うべき注意義務を尽したならば、容易に同訴外人に右の如き権限のないことを知り得たに拘らずかかる注意義務を何等尽すことなく(かかる注意義務を尽した事実を認めうべき証拠は何もない。)たやすく同訴外人に権限ありと信じたのは、軽卒のそしりは免れ難く、この点につき過失の責を負うべく、固より、前記高野が前記訴外人において右権限を有するものと信ずるにつき正当の事由あるものとなすことはできない。原審並びに当審における控訴人代表者本人尋問の各結果中、この点に関する各供述は措信し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

そうすると、控訴人の右の各主張も理由のないものである。従つて被控訴人は、控訴人主張の火災保険契約については、前記普通保険約款第二条の条項により保険金を支払う義務はないものと断ぜねばならない。

よつて、控訴人の本訴請求を失当として棄却した原判決は相当で、本件控訴はその理由がないから、之を棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法第八九条、第九五条本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高原太郎 裁判官 高次三吉 木本楢雄)

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